西口茉実さん

三重県大台町 元地域おこし協力隊

インタビュー日:2017.12.1 

西口茉美 三重県大台町 元地域おこし協力隊
西口茉美 三重県大台町 元地域おこし協力隊 


◆開発商品

 

えごま伊勢茶

 

 

◆現在の職業

 

イベント、結婚式等のMC

 

 

◆子供のころになりたかったものは?

 

デザイナー

 

小学生の頃、裁縫があまり得意でない母が私にスカートをつくってくれた。

 

それがとても嬉しくて、服をつくるのが好きになった。

 

料理をつくることも絵を描くことも好きだった。

 

小中学生の頃は、家庭科や美術が好きであったが、両親に「勉強しなさい」と言われたことがなく逆に「遊びなさい」と言われていた。

 

そのせいか勉強も好きでよくしていた。

 

母からは、警察のお世話にだけはなるなと言われていたので、それ以外は何をしても良いと解釈していた。

 

母も父も好きな事を追求するタイプで、生き方がカッコいい。

 

私が小学生の頃、母は通信教育で書道を一生懸命習っていたことを覚えている。

 

中学三年生の時、家を新築した事を機に看板を掲げ書道教室を本格的に始めた。

 

三重県の近鉄伊勢中川駅近くでメガネと時計店を営んでいる父は、これまた追求型の人なので時計やメガネはレトロなものでも何でも直してしまう。

 

ホームページがなかったので、私が簡単なホームページをつくってあげたら、父が研究し自ら更新し始めた。

 

今では、そのホームページに問い合わせが来るようになり、全国から時計修理の注文を受けている。

 

そんな両親の背中を見て育ったので、私も追求型を受け継いでいるようだ。

 

小学生の頃から目立つこと、話すことが好きで、テレビに出る人になりたいと思っていた。

 

13歳の頃、アイドルに憧れ、応募しようと思った事もあるが、当時は15歳からの募集要項だったので断念した。

 

高校を卒業後の進路を考えた時、被服に進むか食物に進むか考え、栄養士の資格が取れる短大の食物栄養学科に進んだ。

 

しかし、就職先は栄養士の資格を活かしたものではなく、食品会社ではあるが、アクティブな営業職を選んだ。

 

営業先はスーパー等が多く、「この商品を10ケース買ってほしいんです。私、スーパーの売り場に立って試飲販売しますから!」といった具合にどんどん売り込んだ。

 

営業の担当者がマネキンをすることは珍しく、取引先の担当者や社長が面白がり可愛がってくれた。

 

当時、20歳くらいの時に「このままで留まっていてはいけない、もっと宇宙を感じる程大きなことにも挑戦せねば!」と、5~6人の経営者に言われた。

 

「引き寄せの法則」や「思考は現実化する」等の本を教わったのもこの時だ。

 

超神経質だった私が、自然にポジティブな考え方をするようになった。

 

自分の中に情報が入って来た時、それまでは即「無理だな」と思っていたのに、いつの頃からか、最初にできる方法を考えるようになった。

 

これだけでも感謝なのに、その中で一人の方に、マスコミに興味があることを伝えると、FM三重というラジオ局に空きがあるか聞いてくれるということになった。

 

面接に行くと、直ぐに来てくれということになり、転職を決意した。

 

食品会社の方も、どんどん旅立ちなさい!という方針の会社だったので話はとんとん拍子に進み、あこがれのマスコミ関連の仕事が始まった。

 

仕事は物凄く楽しかったが、契約社員だったため、1年後、FM三重の方がタレント事務所を紹介してくれた。

 

タレント事務所に所属し、2008年に伊勢志摩のご当地アイドルとしてデビューした。

 

当時は、ご当地アイドルの走りだったので、三重県中のイベントに呼ばれたが、あちらこちらでご当地アイドルが誕生し、2年後くらいからイベントや結婚式の司会業が多くなった。

 

司会というのは、イベントの当日だけに参加だが、イベントに携わるうち1から立ち上げてみたくなった。

 

31歳の頃、地域おこし協力隊にならないかというお話をいただき、これならイベントを企画から立ち上げる事ができるような気がしたので、2016年4月、三重県大台町の協力隊になった。

 

協力隊になった地域で、自動車修理販売会社がイタリア野菜をつくっていることを知った。

 

これでイタリア料理を使ってイベントが出来ないかと考え、「イタリア野菜を使ったメニューをつくってほしい。」と地元の飲食店を1軒1軒回った。

 

5件の飲食店の方が参加してくれ、アウトドアに来る観光客をターゲットにイタリア料理を提供するイベントを開催した。

 

イベントを1から立ち上げて完成させる夢も叶い、大台町のPRと、地元のランチメニューを増やすこともできた。

 

大台町の町民の殆どが70歳以上で、鹿、猿、猪、ハクビシン、狐、等の獣害が酷くある。

 

野菜をつくっても殆ど食べられてしまうので、何とかしたいと考えていた時、数年前に「えごま」は全く被害に合わないことを知ったそうだ。

 

えごまの実を使った、えごま油を開発し販売し始めると、生産が追い付かない程に売れはじめた。

 

2017年からは、油を搾る国産の機械を町内に導入した。

 

えごま油は実しか使わない。

 

韓国料理では頻繁に使われているえごまの葉は、自家消費しているが流通はさせていない。

 

えごまの効能は多岐にわたるので、花粉症の酷い私はえごまの葉の効能を知り、生産者の方々が飲んでいる乾燥させたえごまの葉と奥伊勢茶のブレンドティーをいただき、飲み続けてみて感動した。

 

多く方を健康にしたい!という思いで、2017年9月、地元の方々と共に試行錯誤し、えごま伊勢茶の商品化を実現させた。

 

 

◆毎日欠かさずしていることはありますか?

 

こだわりの美顔マッサージ

 

とても敏感肌で6年前にやっと合う化粧品を見つけた。

 

その化粧品を使ってオリジナルのマッサージをしている。

 

美容関係が好きで、健康にもこだわりがある。

 

 

◆自分の支えになった、或いは変えた人物・本は?

 

本:「35歳までに必ずやるべきこと-運をつかむ人になれ-」重茂 達著

 

この本は私のバイブルとして事あることに読み返している。

 

読み返す度に「あーそうだ、そうだ。」と考え方をポジティブに変換することが出来る。

 

 

人:この本を紹介してくださった取引先の社長

 

この社長さんはFM三重を紹介してくれた方と同一で、とても感謝している。

 

あの時、自分の夢を話していなかったら今の私はない。

 

 

◆自分の人生を変えたきっかけになった言葉は?

 

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」

 

小学生の時、テレビを見ていると、アイドルの「香取慎吾」さんが、普段気を付けていることとしてインタビューに答えていた。

 

たぶん、香取さんは18歳くらいだったと思う。

 

この時の言葉が、小学生ながらとても心に残り、私もそうありたいと思った。

 

小学生の時に、この言葉がなぜ響いたのか明確な答えはない。

 

特に「謙虚にいなさい」と言葉でしつけられたことはないが、両親がそういう人だったように思う。

 

また、社会に出て仕事をするようになると、素晴らしいと思う経営者の方は皆揃って腰が低い。

 

まるでこの言葉を裏付けているかのようだ。

 

「天狗になっちゃいけないな。」と思う。

 

誰よりも一番下にいたい。

 

 

◆人生の転機はいつどんなことでしたか?

 

FM三重に入社したこと。

 

幼少の頃からの夢を現実化してくれた。

 

今、学校で講演を頼まれると、自分の経験を基に「夢は叶う」という話をする。

 

夢は叶うことを多くの子供たちに知ってほしい。

 

 

◆問題、障害或いは試練は?どうやって乗り越えたのですか?

 

チャンスはピンチの顔をしてやってくる!と思っている。

 

ただ、20歳の頃営業していた時、取引先の担当者の方をとても怒らせてしまったことがある。

 

「上司を呼んで来い!」と言われ、上司が二人駆けつけてくれた。

 

その場は調理場で、床が濡れているにも関わらず、上司の二人が揃って土下座をした。

 

私はその場に立ちすくみ、土下座することはできなかったが、取引先の担当者の方は「まあまあ」と機嫌をなおしてくださった。

 

この時のことが、申し訳なくて、申し訳なくて、今でも申し訳ないと思っている。

 

私が恩返しできるとしたら、売り上げを更に上げること。

 

取引先の喜ぶことを色々工夫してがんばった。

 

怒らせてしまった取引先の担当者の方とは、困ったことをお助けしたのをきっかけに仲良くなった。

 

駆けつけてくれた二人の上司とも、あの時以来、絆が深まり今もお付き合いは続いている。

 

 

◆夢は?

 

えごま商品を使って全国的に拡散したい。

 

皆が健康になってもらいたい。

 

生産者の皆が思っていることだ。

 

凄いこだわりを持って機械化せずに一つ一つ手作業で生産している。

 

えごまの実はちょっとでもキズがつくと酸化してしまうからだ。

 

生産者の皆は、思いがあっても伝えるすべを知らないので、私が発信者となって売上に貢献したい。

 

えごま伊勢茶